アートエステ ~エッセイ~ 「心、朽ちるまで」

七海子は4歳になる侑人(ゆうと)の手を引き、この駅に降り立った。

港近くのこの町は、多くの若者を都会に送り出し、町全体が閑散としている。

 

【余りものを受け入れるだけの人生】

 

七海子に付けられた人生タイトルだ。

 

思えば、子供の頃から、そうであったように思う。

 

 

思い出すのは、学校の給食。

子供の分け方だから仕方ないが、

列に並んでも七海子の手前で終わってしまうことが多く、

先生が隣のクラスから余りものを持ってきてくれた。

 

学芸会では余りもののカラスの役、

お土産もみんなが選んだあとの余りものだった。

 

 

七海子は子供ながらに、"自分には余りものが似合う"、そう感じていた。

 

 

そして、「余りもの」というは、

「他に替える余地がないもの」、そう思っていた。

 

 

どんなに過酷な職場でも、耐えて、耐えて、耐え続けた、、

身寄りのない子連れの女を雇ってくれる場所はどこにもないのだから、、と。

 

 

若者が出ていき、日本の中で、余りもののように残ったこの町は、

余りものの七海子にとって侑人と辿り着いた最後の場所のように思えたのだ。

 

 

沈む夕日を横目に宛てもなく海沿いを歩いていると、

小さなペンションの窓に貼られていた、「スタッフ募集」の紙に目がとまる。

七海子はふいに立ち止まり、引き寄せられるかのようにドアの前に立った。

 

 

ピンポーン。。。 少し古びたベルの音がする。

 

「はーい」

 

黄色いヒペリカムの花のピアスがよく似合う40代くらいの女性が顔を出した。

 

 

「あの、、、すみません。外の張り紙、、、」

 

 

その女性は七海子を上から下までなぞるように見てから、こう言った。

 

 

「ま、入ってよ。明日から働ける?」

 

「え、あの、まだ、私のこと何も話してないんですけど、、」

 

「いいじゃない、私は今、目の前のあなたと向き合っている。それだけで十分よ。

坊やも一緒でしょ。良かったらここで住み込みするといいわ。

あ、ひとつだけ、聞いてもいい?あなたのこと、なんて呼んだらいいのかしら?」

 

「あ、七海子っていいます」

 

「七海子ちゃんね、私は沙苗。よろしく」

 

 

そう言って、沙苗は軽くウインクした。

 

 

 

1度だけ、自分で選んだことがある。

 

侑人の父、郁夫のことだ。

 

郁夫は、七海子が木材加工場の事務員として働き始めた職場の係長だった。

27歳と若かったが、高校卒業したての七海子にとっては十分な大人の男だった。

郁夫は何かにつけて、七海子に目をかけた。

そのたびに他の女性社員から送られる冷たい視線と身に覚えのない悪口には嫌な思いをしたが、

それらは全て郁夫と築く幸せの伏線でしかないと信じて疑わなかった。

 

 

郁夫が既婚者であることを知るまでは、、、、。

 

 

「ふーん、、そうだったの。

お先真っ暗だったってわけか。何をしようにも力が湧いてこないってやつね。」

 

 

「はい、、両親からも縁を切られて、、。

それでも、侑人の名前を決める時、父親の名前の一部をとったんです。

認知されないことは重々わかってるんですけど、

父親と侑人を繋ぐ、唯一の刻印にしたかった。

どこまで情けないんだか、、。」

 

 

「わたしね、そういうあなた、嫌いじゃないわよ。」

 

沙苗の言葉は、

七海子の心の奥で固く結ばれた紐を少しずつ少しずつ解かせていった。

 

 

― 自業自得よ、子供が可哀そう ―

― 実家に頭下げれば良かったじゃない ―

― これからきっといいことあるわよ ―

 

 

痛む傷に追い傷をつける者もいれば、

求めていないアドバイスや、

前向きな感情を押し付けてくる者もいた。

 

 

そうやって、人はいとも簡単に片づけようとする。

 

 

それが幾程に七海子を苦しめたことか。

 

 

すっかり陽は落ちて辺りは暗くなり、

煌々と光る満月の灯りが、

庭一面に広がるヒペリカムの黄色の花を照らし、

天に続く「黄金の道」となっていた。

 

 

「ねえ、七海子ちゃん、この光の道、どう見える?」

 

「どうって?」

 

「私にはね、七海子ちゃんが歩いてきた道にも見えるの。」

 

 

目の雫が、静かに七海子の頬をつたっていく。

 

 

「そしてね、もうひとつ。

この道は、七海子ちゃん、あなたがこれから先で叶えていく夢の道でもあるのよ。

あなたの人生、あなたが選んでいくの。

まだ、終わっていないのに、

侑人君を連れて終わらせようとするのは随分とせっかちってもんじゃない?

 

もしも、本気で終えたくなったら、

せめて、その相手の男、ボコボコにぶん殴ってからにしなさいよ。

その時は私も協力するわ」

 

 

 

「沙苗さん、、気づいていたんですか、、、」

「まあね。私もいろいろあった人間だから」

「人生最後の日くらい、侑人の好きなものを贅沢に食べさせてから終わりにしようと、、。

そのお金をここで稼がせてもらおうと思ったんです。」

 

 

「もうダメだーって時ってさ、本当はエネルギーを内側にためている時なのよ。

この満月のようにね。

そして、また、はじまるの。

ヒペリカムの花言葉はねぇ、『悲しみは続かない』なのよ。」

 

 

 

「ママー! これあげるー」

 

侑人が目を輝かせて勢いよく駆け寄ってきた。

その小さな手には、庭で摘んだヒペリカムの黄色い花がしっかりと握られている。

 

 

七海子は、その場で崩れ落ち、侑人をその胸にぎゅっと抱きしめた。

 

「ママ、痛いよぉ、痛いってばぁ」

「侑人、ごめんね、、ごめんね。 」

 

― 余りものを受け入れるだけの人生じゃない。これからは私が私の意志で選んでいく。

侑人のために、新しい私のために。―

 

Thank you

 

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