アートエステ ~エッセイ~ 「雪降る夜の奇蹟」

ザクザクザク。。。

10センチほど積もった雪の上を、

S紀は足早に歩を進めた。

 

会社帰りのいつもの駅、

 

遠慮がちに光るイルミネーションが、

この街のいつもの冬の風物詩だ。

 

だが、今日は、もうひとつの「いつもの」は

S紀の傍にはなかった。

 

 

T夫の左手。。

 

 

S紀とT夫は、食品メーカーに勤める同僚仲間で、

飲み会で意気投合し、付き合って丸2年が経っていた。

 

T夫は、不器用ながらも製造の目利きやセンスには光るものがあり、

職人気質な姿勢と、時折見せる子供のような目の輝きに、

S紀の心がT夫にとろけるまで、そう時間はかからなかった。

 

 

S紀は、T夫と「同僚」から「恋人」に変われるこの駅が好きだった。

 

改札を出た時から許される、2人だけの時間、、、。

 

S紀はいつもT夫の左側。

 

T夫のコートのポケットの中で握られる、

S紀の右手とT夫の左手は、

 

冬の寒さを忘れるほど、いつまでもあたたかく、

冷めることを知らない。

 

 

しかし、今日はT夫の左手は、そこにはない。

 

内緒にしていた二人の恋は、

嫉妬という波によって壊される。

 

他の女性社員と仲良くしているのが目に入ると、

心が荒れていくのを感じた。

 

 

「こんなことでやきもち焼くなんて子供じみてる。。」

 

 

頭では分かっていながらも、

やがてそれはほころびとなり、離れた糸がまた交わるのは難しくなっていた。

 

 

 

街はクリスマス。。

 

 

普段は目にしない小さな花屋がS紀の目に入ってきた。

 

 

導かれるように店に入ると、

ふっくらとした60代くらいの大柄な男性店主がいて、

 

笑うとなくなる小さな目と、まるぶち眼鏡にニット帽、

口周りの伸びた髭が、どこか安心感を持たせた。

 

 

「何かお探しかね?」

 

 

店の奥でS紀を待ってくれていたかのように、声をかけてきた。

 

 

店主の脇で咲いていた、雪のように白い花びらが印象的な

美しいクリスマスローズに目を惹かれた。

 

 

 

「ああ、これかね。

もしかしてあんた、、。

 

悲しいことでもあったのかい?

 

良かったら、これを1本持って帰るといい、

そして今夜はこれを枕元に置いて寝るんだよ。

きっと良いことあるから」

 

 

「え!この花をですか?」

 

S紀は戸惑いながらも、店主の計らいに甘えることにした。

 

 

家路に着き、湯船につかり、チーズとワインを口にした。

本来なら、T夫と一緒にあけるワインだ。

少し酔いがまわったせいか、あの店主の言葉を思い出していた。

 

半信半疑ではあったが、

クリスマスの浮足立った街の空気に身を任せ、

 

あのクリスマスロースを枕元に置いて眠りにつくことにした。

 

カーテンの隙間から見える、

綿のような白い雪としっとり光る月が、とてもキレイな夜だった。

 

 

不思議な夢を見た。

 

 

~ 2人の私がいる。

私達はどこかの美しい砂浜で、白砂を手で救い、

その中にあるキレイな貝殻を集めている。

 

でも、おかしい、、。

 

私はどうやっても救えない。

何度やっても指の隙間から全てがこぼれ落ちてしまうのだ。

 

何度も救っては、こぼれていく。。。

 

もうひとりの私は、楽しそうに幾度も救い、

貝殻を見つけるたびに、

自分の右手を眺め、太陽にかざし、希望に満ちていた ~

 

 

 

自分だけが取り残されてしまうような、

とてつもない焦燥感にかられ、

 

「なんで!!」と、S紀はハッとして目が覚めた。

そこはいつもの見慣れたS紀の部屋。

 

 

「夢か、、、。」

 

 

少し汗ばんだ胸元がS紀の動揺を物語っている。

 

「そういうことだったのか、、」

 

 

S紀は気づいた。

 

 

T夫への気持ちを「手放す」ことばかりに執着していた自分に、、、。

手放さなきゃいけないって言い聞かせていた自分に、、、。

 

 

違うんだ!「手放し」は結果論だ。

 

確かに、T夫の左手はもう掴めない。

だからといって、全てを掴めなくなったわけじゃない!

 

私のこの右手は別の何かを掴めるってことを"知った"だけなのだ。

 

私の右手を「信じることに賭けてみたい!」

夢で見たもうひとりに私は、それを実現した私だったんだ。。

 

 

「手放すこと」より、

「信じること」の大切さを教えてくれた、

美しいクリスマスローズ。。

 

枕元に置いたはずのその花は、いつしかなくなっていて、

 

カーテンの隙間からは、

雪と月の代わりにキレイな虹がかかっていた。

 

 

ーーーーーthank you ーーーーー

 

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