アートエステ ~エッセイ~ 「Anniversary」

 

「神様はどうしてこんなに不公平なのだろう。」

 

 

私が何をしたというのだ。前世に何か悪いことでもしたのだろうか。

もし、そうであるなら時効じゃないか。

 

 

明日香は、ふうーっと重い息を吐きながら、

天井についた古いシミをじっと見つめていた。

 

 

松本明日香。大手印刷会社に勤める29歳。

朝から始まる伝票処理、工場への発注、電話対応、お茶出し、、。

華のOLとは一体誰が言ったのか、

時々その誰かを恨みたい気持ちにもなる。

 

 

大学からの友人で同期入社の優香とは、随分と差をつけられてしまった。

 

 

優香は、仕事もできて、色白で美人さん。素直で、ユーモアもあり、性格が良いという、

友達としては申し分のない女性だ。

 

男性からも人気があった。

明日香はそんな優香が自慢だったし、大好きだった。

愚痴もいっぱい聞いてもらった。

 

「不公平の象徴」だと思ってきた、生まれつきの容姿。

美人とは言えない明日香も、

優香というマドンナに少しでも近づこうと、

ファッションやメイク、髪型も手入れを欠かさなかった。

 

 

世の中の不公平は努力で越えてみせる!

そんな意気込みさえ信じて疑わなかった。

 

優香といると新鮮な空気に包まれる、そんな気持ちにもなった。

 

 

でも、いつからだろう。

そんな心に暗い雲がかかり始めたのは、、。

 

 

優香が、意中の彼と結婚することになったのだ。

 

 

友人の結婚。

 

当然、喜んであげるべきことだが、

100%その気持ちではいられない自分の存在を明日香は確認した。

 

 

そんな時、鏡に写る自分の顔は、

人の幸せを食いちぎる魔女のようにも見えた。

 

 

「友達の結婚も祝えないなんて、、」

 

 

思わず身震いする。

と同時に、これほどまでに器の小さい自分に対して、

とてつもない悲しみが心を覆いつくし、明日香を苦しめた。

 

優香のことが大好きだったから。。。

 

優香と同じスタートラインに立っていたはずで、同じように努力してきた。

いや、美人でない分、優香以上の努力だったと思う。

 

 

 

それなのに、なぜ、、、?

「優香と何が違うというの?」

 

 

明日香は、優香が遠い存在になってしまったように感じ、

それ以来、二人の関係は微妙に変わっていった。

 

明日香の誘いを優香が断れば、

「友人よりも自分の幸せが最優先なんだわ、、」と、卑屈にもなり、

優香に冷たい態度をとったこともある。

 

そんな明日香の空気を察してか、

優香も昔のように、自分の話をすることがなくなり、

二人の距離は広がっていった。

 

 

 

 

そんな中、優香から、結婚式の招待状が届いた。

 

出席にマルはつけたものの、

仲直りの決心がつかぬまま、季節は秋へと移っていった。

 

 

結婚式前夜、明日香は、部屋で一人、

明日に迫る優香の結婚式の招待状をぼんやりと眺めていた。

 

そこには凛としつつも少し丸みがかった、いかにも優香らしい文字が並べられていた。

 

 

 

―――大切な明日香へ。

明日香といると、毎日が楽しくて、元気が出た。それだけで十分よ。

ぜひ明日香に来てほしい。ーーー

 

 

あんな態度をとった私に、、。

明日香はハッとする。

 

 

友達だから愚痴を聞いてもらう、

友達だから許してくれる、

友達だから全てを共有できる。

 

 

明日香は「友達」という言葉を、

当然の「権利」かのように扱っていた。

 

 

「権利」よりも大事な【大切にすること】を疎かにしていた自分に気づいたのだ。

 

 

恥じた。

情けなかった。

子供だった。

 

 

湧き出る感情を味わうにつれ、目に熱いものを感じ、思わず顔を上げる。

 

いつもは、くっきり見える天井の古いシミも今夜ばかりは滲んで見えた。

 

 

 

 

結婚式当日。

 

 

空は青く、いつもより広く見え、空気は澄みきっている。

それは明日香の心を映しているようだった。

 

ここでちゃんと謝らなければ、

「友達としての資格」を自らが失うことになる。。

 

そんな気がした。

 

 

「優香、、ごめんなさい。私、優香に憧れていたの。

だから精一杯努力したわ。でも追いつけなかった。

でも、それは優香の表面しか真似してなかったからだと気づいたの。

 

ほんとは優香が持つ、

どんなことも大切にする【心】を真似しなきゃいけなかった。

 

正直に言うわ。私、優香が羨ましい。

 

優香みたいに仕事ができていたら、

優香みたいに美人だったら、

優香みたいにユーモアがあったら、、

優香みたいに、、

優香みたいに、、」

 

 

そのあとは、涙で言葉にならなかった。

 

 

 

 

優香は、そんな明日香に近づき、

 

「バカね、それってもう明日香じゃないじゃない。」

 

肩にそっと手を添えて、優しく笑った。

 

 

 

式は、厳かに進み、

ここにいる誰もが「幸福」というベールで満たされている。

 

 

花嫁からのブーケトス。

 

 

「明日香!」

 

 

優香が叫ぶ。

 

 

カモミールをあしらった、

白と黄色の可憐なブーケが、

雲ひとつない澄んだ青空に大きく舞い上がり、

きらきらと幸せの弧を描く。

 

 

 

明日香のもとへ、、、。

 

 

大人の女性へと成長した明日香と更なる大きな幸せをつかんだ優香。

 

まさしく、この日が明日香と優香、

それぞれのanniversaryになったことは言うまでもない。

 

‐-- thank you ―――

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