アートエステ ~エッセイ~ 「夢、時々くもり」

―――― 夢、時々くもり ―――――

「姿勢を取れーー!」

両手を胸の前で交差させる姿勢を固め、片足を一歩前へ出す。

自衛隊のパラシュート部隊。

時速240キロで飛ぶ飛行機から、地上340メートルの高さから飛ぶ。

例えると、東京タワーの高さを新幹線が走り、そこから跳び下りる感覚だ。

「よーい、降下!」  容赦なく指示がおりる。

跳び下りる際は大声で決意を叫ぶことが決まっていて、

「やってやるぞー!!」

沢口真也 18歳。

何かを振り切るように、腹に力を入れて踏み切り、大空へ舞った。

あれから18年。。

僕は教職に就き、これからを担う子ども達と明るい未来に向かって充実した日々を送っている。

なんて、、、

カッコよく言ってはみたものの、現実は、想像と大きく違っていた。

小学校も英才教育化が激しくて、親たちの声は年々エスカレートしてきている。

中には、ごもっともなご意見もあるが、
僕から見ると、ほとんどは、自分の理想通りの子供にしたいだけのエゴのかたまりに過ぎなかった。

「ウチの子の点数低いのは先生の教えた方に問題があるんじゃないですか?」

「ウチの子、算数のレベル高いのでその時間は他の勉強をさせてもいいですか?」

おいおい、、、。

僕はため息が隠せない。

学校側にかけ合ったこともあるが、返ってくる答えは変わらなかった。

"なるべく穏便に、、、問題をおこさないでくださいよ"

僕は、親と学校の操り人形なのか?

求められることだけをやるのが僕のやりたかったことなのか?

僕は、もう、自分が何者か分からなくなりそうだった。

もうすぐ前期が終わろうとしている中、僕は成績表をつける仕事に時間を要していた。

「5」、「3」、「1」、、、

頭を悩ませながらつけてゆく。

ひとつのスケーリングとしては必要な数値であることは理解しているし、
それが間違っているとも言い切れない。

でも僕は窮屈さを拭えないでいる。

数値化が悪いことではない。

ただ、その狭い世界が、この世界の全てだと思って欲しくないんだ。。

こんな叫び声を心にしまい、

おかしいと思うこともなるべく横目で流してきたこれまでの時間を、やるせなく思った。

帰り際、僕はやりきれない想いを残したまま、教室を訪れる。

すると、そこには、窓際に佇む小さな人影がみえた。

小野田優一くんだ。

高学年になった頃から成績が伸び悩み、学年でトップクラスだった成績も、最近では下から10位以内になっている子だ。

そう、僕の教え方に問題があるのではと、訴えてきたのは、優一くんのお母さんなのだ。

「優一くん、どうしたの?帰らないのかい?」

僕が声をかけると、優一くんは、ハッとして、慌てたように、無理な笑顔を浮かべる。

優一くんは、ご両親が仕事で忙しくなった頃から様子が変わり、クラスで飼っているヤモリのキー君とばかり仲良くしている。

「キー君をいつも見てくれてありがとな。」

僕の言葉にホッとしたのか、優一くんの表情が少し和らいだ。

「先生、ヤモリってお家を守ってくれるんでしょ。僕の家にもいるのかなあ?」

「どうしてそう思うんだい?」

「うーん。。僕のお父さんのお仕事に何かあったみたいで、

近所のおばさんが、"お父さんのリストラ大変ね"って言ってたんだけど、

ぼく、リストラってどういうことかわからなくて、、。

とにかく、お父さんもお母さんも毎日必死で働いていて、いつも悲しそうなんだ。。

その頃からお母さんが笑わなくなった。

昔は僕が頑張ったことをたくさん褒めてくれていたのに、最近は点数ばかりみて、怒ってばかり。。

でも、僕が反抗したら、余計に悲しませるから、お母さんの言うとおり、点数とりたいんだけど、

チカラが出ないんだ。どうしたらいいか、僕にはよくわからなくて、、。

家を守ってくれるヤモリなら、ぼくのお家を助けてくれるんじゃないかって思ったんだ。

図鑑で調べたんだよ、

ヤモリって、クモとかゴキブリとか、穏やかな暮らしを脅かす害虫を食べてくれるんでしょ?」

「そうか、そうだったのかぁ。話してくれてありがとうな。

うん、もちろん、ヤモリはお家を助けてくれるよ。

でもね、害虫とされている、クモやゴキブリも、自然界では、ひと役買ってくれているんだ。

クモは神様の使いとも言われていて、クモを見かけた日は、一日中晴天に恵まれると言われているから、お日様を必要とする植物たちはよく育つし、
ゴキブリは有機物なら何でも食べるから自然界の掃除屋とも言われているんだ。

そうやって、みんながみんなを支え合って暮らしているんだよ」

「そうかぁ、誰かが悪者とかじゃないんだね、みんながみんなを支えるって、、いいね!先生」

そう言うと優一くんは、嬉しそうに教室を出て行った。

優一くんとの会話で、僕の心にも何かあたたかい感覚が蘇ったように思った。

家路に着くと、庭で水やりをしている母さんの姿が見えた。

毎年必ず咲かせるアゲラタムの花たちが今年も満開だ。

青紫色が涼しさを届けてくれるのが、僕は気に入っている。

「あぁ、真也、おかえり」

「ただいま。今年もキレイに咲いたねぇ。どうやったらそんなに上手に育てられるんだ??

もしかして、母さん、何か呪文でも唱えてる?」 

冗談まじりに聞いたつもりだったが、母さんは微笑みながらこう答えた。

「そんなことしないわよぉ。

だって、わたし、この子たちを"信頼"しているから。」

サラリと放った母さんの言葉は、

僕の心を呼び覚ますほどのとてつもないチカラをくれたような気持ちになった。

前期最終日、僕は教壇に立つ。

正直な僕で、正直に子ども達と向き合おう。

だって、この子達を"信頼"しているから。。

成績表を配り終えたあと、僕はまっすぐ前を向いてこう言った。

「みんな、いいか。よく聞いてくれ。。みんなが見るのは数字じゃないぞ。

数字で完璧を求めようとするなよ。

君たちが君たちらしくあることが既に完璧なんだから。

この世界には数字じゃ測れないものがたくさんあるんだ。

失敗してもいいから、がんばってみろ!

競うだけの狭い世界より、

"自分ががんばりたいからがんばるんだ"って思える、ワクワクする広い世界を、

この夏はみてきてほしい。

そこで感じたものをたくさん聴かせてくれよ。

僕は君たちとそういう話がしたくて、"先生"になったんだ。。」

後からどんなクレームがくるかなんて考えなかった。

とにかく、今、この一瞬に全てを込めて、、。

そう、18年前、先がどうなるかなんて考えず、夢を掴めると信じて跳び下りた、
あの時の僕のように・・。

ふと子ども達に目をやると、
いつもは鉛筆で簡単にかけそうな薄っぺらい笑顔の子たちが、
そこに心という命が宿かったかのような、明るい笑顔が教室いっぱいに咲き始めていた。

まるで、アゲラタムの花が満開になった、母さんの庭のようだった。

僕は今、はっきり言える。

―――― 目の前に見えるのが、まっすぐな道かどうかなんて、どうだっていい。

どんな道でも僕が目指す場所に向かって、"まっすぐ歩こうとする"こと。

このことのほうが僕の人生において、何倍も価値があることだ。――――

                             

Thank you

≪ あとがき ≫

―― この世界は何で動いていると思いますか? ――

愛?お金?それとも、権力?

私は・・ですが、「愛!」と答えたいもう一方で、こうも思うのです。

「信頼だ」と。。

愛を語っても信頼してもらえなければ届かない。

仕事の依頼も信頼がないと頼めない。

ものを買うにも信頼がないと安心して買えない。

今回ご依頼の直也様は、話をしているだけで、瞳の清らかさと、言葉に宿る込めた想いから、
受け手の心に「信頼」という泉が湧き上がらせてしまうチカラをお持ちです。

それは、「あなたの可能性は無限大だ」と言い続けてくれたご両親からの"信頼"が、
直也様の身体に心に刻印となって刻まれており、
今となっては、その体験が、今度は子供たちを「信頼」のチカラでサポートする、
そんなお役目を日々果たしているからです。

「信頼」「安泰」を示すアゲラタム。

花期が長く、色褪せしにくいと多くの人から愛されている花。

まさに、直也様が取り組まれているひとつひとつの積み重ねを表しているかのようで、
この花に巡り合えた喜びを胸いっぱいに感じるばかりです。

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