お母様への誕生日プレゼントとして
ご依頼いただきました。
――――― 親愛なるあなたに ―――――
むかし、世界の言語は一つだけだったとの逸話がある。聖書に出てくる「バベルの塔」という話だ。
当時、愚かな人間たちの中で、塔を作って神が住む天にのぼろうという計画が起こった。
言語が通じることで、塔はみるみるうちに天に届きそうになり、それが神の逆鱗に触ふれてしまい、
世界の言語は神の力で違いを生み、バラバラにされたのだとか・・・。
ほんとか嘘か、定かではないが、私はこの話を残念な物語だとは思わない。
むしろ、違いがあるがゆえに見えた美しい世界に、私は今、惚れ込んでいるから。。
山内レア 36歳。
私の部屋には、とある1枚の絵が飾られている。
名もなき画家が描いたものらしいのだが、エリックとの結婚を決めて、私が家を出るとき、
母がこっそり持たせてくれた。
裏には、「親愛なるあなたに」とあり、その続きの名前らしきものは、劣化していてよく見えない。
丸型で、そう大きくない
キャンバスは、どんな場所でも自然と馴染んでくれる。
まるで、そんな運命であることをはじめから知っているかのように。
描かれているのは、黄色のフリージア。
いつも私の背後で大きな支えとなっていてどこに引っ越すにも必ず共にしている。
背景にあるターコイズブルーをメインにした様々な「ブルー」が、大きな広い海を連想させる。
今や、エリックという私の最愛のパートナーと並び、
この絵は、私にとっては欠かせないもうひとりのパートナーと化している。
絆を深めるのは、人間同士だけではないのかもしれないとつくづく思う。
エリックとは、輸入雑貨を取り扱う会社で知り合い、引き合うように結婚した。
目利きの鋭いエリックは、買い付けや海外支社への転勤が多く、私たち家族は、これまで転々と
住まいを変えてきた。
シンガポール、マレーシア、ロサンゼルス、東京、、、
もちろん、文化の壁は大きく、分かり合えないことも多々あったが、そもそも「分かり合えないこと」なんて、同じ民族の日本人同士でもよくあることだから、
国際結婚である私たちにとって、それが特別な負荷だとは思わなかった。
現に、私は、価値観の違いで喧嘩して以来、実父とは随分と会えていないのだから。。
それよりも、エリックが、性別を超え、国を超え、こうやって「ただ傍にいてくれる」という深い愛情を与え続けてくれていることが十分だった。
今では、可愛い二人の天使が家族に加わり、日本語英語スワヒリ語が飛び交う家になっている。
―― いいじゃない。
いつの時代も、どこに生まれても、「人」のやることってそう変わらないものよ ――
私がエリックと結婚を決めた時、父を含めた親戚のほとんどが反対をする中、唯一、味方になってくれた母の言葉だ。
「だってね、短歌でやりとりしていた平安時代の人も、lineの既読スルーに悩む現代人も、
遠く離れた異国の人も、起きて、寝て、働いて、だれかを好きになって、嫌いになって、
また好きになって、、、
"人がやること"や"人の気持ち"って、いつの時代もどこの国でも、そんなに変わらないのよ。
レアが愛した人なら私は嬉しいわ」と。
確かにそうだ。
人間の体だって、大きく変わったかというとそうではない。平安という数百年前と今とで、足の本数も手の指も目の数も位置も、、。
人ってそんなに大きく変わっていない。
私はこの言葉で、心の中に、"国境"は無くなった。
いろんな"違う"ということに右往左往するより、それよりも、
「どんな違いがあれ、目の前の人と、"心のこもった言葉を交わすこと"」のほうが、私には何倍も価値があることなのだ。
今ではそれを活かして、英会話の講師を担っている。
年齢も、性別も、国も、時代も超え、「親愛の情」を持って手を伸ばした先の世界・・。
言語を学ぶってそのためにあると思うし、YouTubeや翻訳機能では得られないものが
そこには必ずあると私は信じている。
今日は、2024年3月21日。私の愛する母の誕生日。
私は、あの絵を贈ろうと思っている。
私と一緒に、世界のいろんなものを見て、たくさんの人の心にも触れてきたフリージア。
月日と共に、絵を見た人の想いやエネルギーを宿しながら、私と一緒に成長してくれたフリージア。これからは、母の人生の中で、咲き続けてほしいのだ。
予約したホテルのレストランの眼下にはネオンが輝く東京の街が広がっている。
「お母さん、わたし、この絵にすごく助けられてきたの。
知らない土地に引っ越しても、一人じゃないって思えたし、何かに悩んだ時は、この絵に向かって話すとね、お母さんの声が聞こえてくるようだったわ。
それは、他の人には聞こえない、私だけに聞こえる声で。
お母さんは、「親と子」という国境を超えて、私を一人の人として、関わってくれたから、私は自由という正解のない世界でも、ちゃんと"わたし"を生きてこられたの。
つらい時、しんどい時、このフリージアから伝わるメッセージはお母さんそのものだった」
レアから渡されたそれは、数年前より、一層魅力が増しているように見えたし、
何よりも、レアが広子の思い描く以上に素敵なレディになっていて、目頭に溢れるあついものを
隠すのが難しくなっていた。
「お母さんには、フリージアのようにずっと咲いていてほしいから、
この絵はお母さんに持っていてほしいの。
でも、強いて言えば、ほんとは、ここにお父さんも居てくれたら良かったんだけどね、、。」
レアがどこか申し訳なさそうな顔をしていると、広子がこう言った。
「レア、私はね、人のご縁って、山手線みたいって思うのよ。
親愛の、手と手がつながっていくうちに大きな円になっているの。
でも、時には、自分にとっていちばん近い駅が、逆回りをすることで、いちばん遠い駅になってしまうこともあるのよ。
でもね、思うの。きっと、、きっといつか、、時間をかけて見てきたいろんな景色をお土産に、ちゃんとまたいちばん近い駅になるって。」
「お父さん、、今頃どこの駅にいるのかしらね」
「ほんとよね」 ふふふっ。。
私たちは顔を見合わせて笑った。
ネオンが光る街の中を、列車が今日も大きな円を描いて走っている。
今日はワインを開けよう。
山内広子という女性が、この世に生をうけた、この素晴らしい日の喜びに乾杯するために。。
1962年醸造の熟成ワイン「Dear・・・」(親愛なるあなたに)で。
Thank you
≪ あとがき ≫
陸地は分かれていても、
「海」により、世界はどこまでも繋がっている。
私たち人間も"あるもの"を大事にすると、それと同じようなことができるのではと思うのです。
その"あるもの"とは「親愛の情」。
まさに、広子様を象徴するもので、その花は「フリージア」。
18世紀の中頃に、南アフリカで植物学者エクロンによって発見された際、
親友の医師「フリーゼ」にちなんで「フリージア」と付けたという、心温まる友情のエピソードが関係しています。
「信頼できる友達のよう」と仰った、菜実さんとお母様の関係性を彷彿させるものでもありました。
―― 心の中に「親愛の情」がある限り、人はどこまでも繋がってゆける・・。――
神様が、この地球をまあるく作ってくれたのは、
もしかしたら、私たち人間のそんなあたたかい姿を見たかったからなのかもしれないですね。
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