ヒーリングアート ~エッセイ~ 「いのちを編む」

――  ちいちゃん、また自分をごまかして、、。

そんなの無理して行かなくていいのに ―――

 

 

千鶴子の心を見透かしていながらも、諭すように、優しい声が千鶴子の脳裏に聞こえてくる。

 

 

「え、、そうかなあ。

だって、一応出ておいたほうが、隣の奥さんにも顔がたつし、、」

 

―― だって、ちいちゃん、ホントはあの助手の態度に違和感を抱いているんでしょ?

ちいちゃんが学びたいのは、里山先生がやっているような、人の心が動くフラワーアレンジメント。

あの助手の人が語る、教科書をなぞったような、

ランチという名の講義にはもう参加しなくてもいいんじゃない?

そもそも、自由参加なんだし ――

 

 

 

「そうかぁ、、。そうよね、そこまで隣の奥さんに合わせなくてもいいわよね。

うん、わかった、今回はお断りするわ!」

 

 

佐々木 千鶴子(旧姓:石沢)。62歳。

65歳になる夫・貞雄と、自立した息子2人を持つ。

 

 

この不思議な声が聞こえるようになったのは、千鶴子が子供の頃からで、

人に話せば怖がられることではあるが、千鶴子自身、とても懐かしい声のように思い、

心地良ささえ感じていた。

 

 

ある日の晩、、。

 

千鶴子と貞雄は、些細なことで、小競り合いになった。

予定していた家族旅行の日程に食い違いが出たのだ。

今回は義父の米寿のお祝いも含めたもので、もし間違いがあったら、面倒なことになりかねなかったのだ。

 

 

「おれはそういうことは間違えないんだ、どうせお前が勘違いしたんだろ!」

 

「そんな、、、わたしちゃんとメモを残してあるもの、、」

 

「もういい!おれはもう知らない、後はお前がやっておけ」

 

「・・・・・」

 

 

千鶴子は、言葉を発するのをやめて、

心の悲しみを、水で流すように、残りの洗い物に手をつけた。

 

 

何が悲しいって、一番近くにいる貞雄からの、

 

責める「批判」や、

バカにする「侮辱」、

話し合いを避ける「逃亡」だ。

 

 

これは、千鶴子にとって、深い深い、心の傷と化す。

 

 

――― ちいちゃん、まともに受け取っちゃだめよ。

あなたという存在は、批判も侮辱もされるような、いのちじゃないんだから!

真実は私がちゃんとわかってる。

それより、その怒りや悲しいって気持ち、それだけ伝えてごらん ーーー

 

 

「そんなこと言ったって、あの人が聞く耳持つわけないわ。。」

 

 

―― 大丈夫、私がいるから!何があったって、私はあなたの味方よ ―――

 

千鶴子はその不思議な声の力強さに後押しされて、貞雄の書斎をノックした。

 

 

 

「あの、、、」

 

身体全体が硬直するような緊張が走る。

 

「あの、、さっきの言葉、撤回してくれませんか。

間違いが起こってしまったのなら、一緒に対応しましょう。

誰もあなたを責めませんよ。

それより、なんの確認もせず、一方的な言い方で、あなたに雑に扱われたことが、

とても腹立たしいし、涙が出るほど、悲しいです。」

 

 

これまで見たことのない千鶴子の凛とした姿に、貞雄は言葉を失った。。

 

 

――― 千鶴子は弱い女だと思ってたが、弱いのはおれのほうだったかもしれない。。

強さとは、人を傷つけるものではないことをいつの頃から忘れてしまっていた、、―――

 

 

ある週末、貞雄は千鶴子を誘った。

 

 

バーベナの丘。

ここは貞雄と千鶴子のはじまりの場所である。

 

 

「きれいだなぁ、、、」

そう言って、貞雄が千鶴子の手を、優しく、そして、しっかりと握った。

千鶴子は、手から伝わる貞雄のぬくもりに包まれながら、これまで感じたことのない幸福感を覚えた。

 

 

―― バーベナの花って、まるで家族のようだわ、、。

小さな花が、紡ぎあうことでひとつの花になる。

好き・嫌い、喜び・悲しみ、、そういう小さな花をいくつも咲かせながら、気が付いたらこんなに素敵で美しい花になってる、、。

私は今、その花を見て、幸せって感じてる。美しいって感じてる。

これだったのね、、幸せって、、。―――

 

 

翌日、千鶴子は、どうしても行っておきたいところがあり、とある場所に出向いていた。

 

千鶴子は、先祖が眠る墓の前で、にっこり笑いながら手を合わせた。

 

「あなたなんでしょ?私にずっと声をかけてくれてたのは、、」

 

 

石沢時子 享年1歳。

生まれてまもなく、亡くなってしまった千鶴子の双子の姉だ。

 

この世に命を落としたものの、身体が弱く、この世を生きれなかった時子は、

自身の片割れである千鶴子の中で生き、千鶴子の絶対的味方でいたのだ。

 

「ときちゃん、ありがとう。あなたって本当は“私の中のわたし”なのかもしれないわね、、。

これまで、嫌だという感情を幾度も「我慢」で抑えてきたけど、

それは、あなたを、いや、私自身を殺していたかもしれない。

どんな感情も全てわたしのいのち、、粗末にしないわ。

それは私が “わたし”を生きてゆくってことね。」

 

 

柔らかい日差しが差し掛かる春の日の午後、千鶴子の心のようにとても晴れやかな空の下で、

バーベナの蕾がまたひとつ、花を咲かせていた。

 

――――― thank you ―――――

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次