アートエステ ~エッセイ~ 「雪月花」

「こんなきれいな花を見たことがあるだろうか、、、」

思わず足を止め、花の吐息を感じる距離まで近づいた。

そこは、都心から1時間ほどにある静かな山あいだった。

空は高く、澄みきっている。

吸い込まれそうなスカイブルーに、森の樹々たちも魅了され、
枝をめいっぱい伸ばし、
葉のグリーンを空に重ねて、
そのハーモニーを楽しんでいる。

小鳥たちの可愛い鳴き声が、森のBGM。
この大自然が大舞台かのように、空高く飛び回り、
自慢の美声を気持ちよさそうに奏でていた。

まるで、ここは桃源郷・・・。
そう思わずにはいられなかった。
美しい景色を目の前にすると、人は素直になる。

「なんでうまくいかないんだろ、、、」

泣くつもりはなかったのに、思わずこぼれた。

小学校の教員をしているR美。
父母と同じ道を歩み、教職に就くことは子供の頃から、
なんとなく意識の中にあって、
進路を決めるときは、さほど悩まずここまできた。

親の言うことに逆らうつもりもなかったし、
クラスでとりわけ目立つ存在ではなかったけれど、

先生に怒られることもほとんどない、
いわば、中の上くらいの位置を
常にキープしているような子供だった。

これからもそうやって「正しく」生きていけば、幸せも手に入る、

そう信じてここまでやってきた。

自ら教えている算数のように、
足したり、引いたり、、
ちゃんとルールを守りさえすれば、
誰でもマルをつけてくれる「正解」が
人生でもあってくれたらいいのに、、。

最近は、黒板に計算式を書きながら、
つい、そんなことを思ってしまう日々だった。

夫とは離婚協議中。子供も二人いる。

いつから、、、なんで、、、?
分かりあえなくなってしまったのだろう、、、。

「正解」を求めて、言葉を重ねれば重ねるほど、
夫との距離は開いてしまう。

マルは一向につかず、×がいくつも重なるだけだった。

友人から、1度気分を変えてきたらどうか?と提案され、
この週末を利用し、子供を両親に預け、
日常から離れたこの森に辿り着いたのだ。

その花に近づくと、歓迎を示すかのように、
どこからか優しい風が吹いてきて、

涙で濡れたR美の頬をそっと撫でてくれた。

「いい香りがする、、、。」

ムスクのように柔らかく、
でもどこか新鮮でフルーティーさを兼ね備えた香り、、

目を閉じ、大きく息を吸った。

久しぶりの感覚だ。。

思えば、この数か月、まともに息をしていなかったように思う。

肩が上がり、背中に力が入る。

人間という動物の本能なのか、
傷つかないようにお腹を守ろうと猫背にもなっていた。

もう一度、ゆっくり大きく息を吸った。

いい香りが鼻腔からR美の疲れ切った目や、
考え込んでカチコチの頭をまわり、
胸を通り、腕、手先の隅々まで行き渡り、
そして、最後は子宮にまで届いた。

「あ、、、そうか、、。
正しさを選んでも良いけれど、ふりかざすものではない。
それに、違う何かを選んだっていいんだ・・。」

R美は、正しさを「印籠(いんろう)」のように、
扱っていたこれまでの自分を恥じた。

「正しさ」を考えるあまり、
何か大切なものを忘れてきてしまっていたんだ。

正しくなくたって、笑われたって、
それでもやってみたい!って思えるものがあってもいいわよね。

花びらについた露のしずくが、
ちょうど子供たちのキラキラした瞳にとても似ていて、
R美は忘れかけていた何かを思い出しはじめていた。

「後悔したってかまわない!あなたと一緒に生きていく!」

帰ったら、夫に会いに行き、伝える言葉だ。

帰りの電車の窓に差し込むオレンジ色の夕日が、
最後にエールを送ってくれているようで、

その向こうに見えるあの森が、
R美をいつまでも見送ってくれていた。

ーーーー thank you ーーーー

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