ヒーリングアート ~エッセイ~ 「カーテンコールをもう一度」



瑤子は、古びたホテルのベッドの上で、事が終わるのを待っている。


「1日に何人も大変ね・・」


時に、こんな言葉をかけられたりもするが、今日のような客はなんてことはない。
こういうタイプは、ちょっとした演技と、美貌の肉体さえあれば満足するのだ。


本来、シャワーを浴びることは鉄則なのだが、もはやこの男は聞く耳を持たない。


男は、ホテルに入ってきた瑤子にすぐさま手を伸ばし、唇を合わせる。
服をめくりあげ、ブラのホックも外さずに、整形でつくりあげられた完璧なまでの瑤子の乳房を強い力で
身体に吸い付くようになめまわす。


しかし、当の瑤子は、上に乗っかっている男の姿など、彼女の目には、映らない。


今月の稼ぎで、今度はどこの整形をしようか、、そんなことばかり考えていた。



坂口瑤子、25歳。

小さい頃に両親が離婚して以来、施設で育ち、
18歳の時、叔父と名乗る知らない男に引き取られ、
それ以来、年齢を偽りながら、身体を売ることを余技なくされて生きてきた。


・・・ 死んでしまおうか ・・・


幾度となく、この言葉が瑤子の脳裏をよぎり、手首に傷をつけた。

とめどなく流れ出る血を眺めながら、意識が遠のく。。
人生の幕がようやく降りる、、私の舞台はこれでおしまい、、と。


でも、そのたびに、誰かに見つかり、一命をとりとめる。
何度もつけた傷口は、まるで、、「まだ終われないんだ・・・」と言わんばかりに、
瑤子をまた人生の舞台に呼び戻す。

そして、あれほど流れていた血は、また、固まろうとするのだった。






今夜の報酬5万を受けとり、瑤子はホテルの外に出る。
既に、深夜1:00をまわっていた。

どっと疲れが出て、にぎやかな繁華街を通る気になれず、裏道で帰ることにした。
頬に当たる春めいた風が、心地よかった。


「ねえねえ、お姉さーん」


背後から、若い3人組の男たちが声をかけてきた。



「ちょっと俺たちと遊んでこうぜ、まだ飲み足りないんだよ、付き合ってよ」



瑤子は無視して歩き続ける。  が、まだ声をかけてくる。
瑤子も頑として無視を続けた。



「おい!何、無視してんだよ!てめえ、なめてんのか!」



男たちが瑤子に襲い掛かる。


「ふざけやがって!お前みたいな女、どうせ、金もらって身体売ってんだろ?
俺たちにもサービスしろよ!」


瑤子は地面に叩きつけられ、抑えられる。
服は、剥がされ、瑤子のショーツの中に男たちの汚い指が入ってくる。


瑤子の最後の抵抗は、"何も感じない"ことだった。 そう、、"死"でいることだった。



その時だった。。 「やめろーー!!」
1人の男が、駆け寄ってくる。

1:3では、到底、敵うわけもなく、3人の男にボコボコにされたのだが、
たまたま通りかかったパトカーが見えて、男たちは一目散に逃げていった。

「大丈夫ですか?」 中国系の若い男だった。 実に、優しい目をしていた。

「あなたこそ、、、傷だらけじゃない。。こんな腐った女なんて、助けなくていいのに、、」

「君は腐ってなんかいないよ、、 "眼差し"を見れば、すぐ分かる。。」





チャン・ウェイ、23歳
中国から、出稼ぎで日本に来たのだが、悪質な過重労働を強いられ、思うような報酬を得られず、
なかなか故郷に帰れないでいた。


瑤子はチャンの瞳の中に、何か、懐かしいものを感じた。
そしてそれは、瑤子自身がこれまで離さなかったもの。。「生きる」チカラだ。



チャンの部屋は、実に殺風景で、人から譲り受けたという、
小さな冷蔵庫とテーブル、そして、薄っぺらい布団だけがあった。

2人は、弾力の失った薄い布団の中で、身体を寄せ合い、横になる。


「してもいいのよ。。。」


瑤子は、この時はじめて、羞恥心という感情を持った。

これまで何人もの男と夜を共にしたが、どんなプレーも、どんな淫らなことをさせられても、
どこか冷めていて、そこにはなんの羞恥心も抱かなかったのに・・・。



「もう、してるじゃないか」   チャンがやさしい眼差しで応える。


「僕、思うんだ。。

セックスって、≪自分の中にある愛に気づくことだ、、≫ って。

卑猥なものでもないし、
決して、独りよがりに欲を満たすものでもない。

自分の中に湧き出る、"あなたが愛おしい"という気持ちを、めいっぱい感じる。

羞恥心を外してね、、。

そして、その人に、世界一やさしく、大切に触れるんだ。。
そんな自分の中にある、果てしない愛に自分自身が気づくことで、また、満たされる。。
これがセックスだと思うんだ」


「これまで私は、"生きてる"っていっても、ただ息をしているだけだったような気がする。
ある意味、"死んでいた"も同然。
今、私は、確実に"生きてる"と言える気がするの。。
チャン、あなたのおかげよ、、。こんな日が来るとは思ってもなかった。。」



チャンが優しく瑤子の頬を撫でる。



「瑤子、ほら、窓の外を見てごらん、沈丁花の花が咲き始めたよ。
僕の故郷の中国では、縁起の良い花なんだ」

そこには、冬を越した沈丁花の花たちが、ひとつまたひとつと美しい花を咲かせていた。

「なんて、きれいなの、、、。私の人生に、、、もう、春はこないと思ってた・・・。」


「来るさ、、何度でも。。」


瑤子はこぼれ落ちる涙に埋もれながら、チャンの腕の中で長い長い眠りにつくのでした。


――――― thank you ――――ー



 
≪ あとがき ≫

沈丁花は、「クチナシ」や「金木犀」と並ぶ、三大香木のひとつで、
甘い香りで、「春の訪れ」を知らせてくれる花です。

その香りは、遠くまで飛ばすことで有名で
「千里香(せんりこう)」「千里花(せんりばな)」とも言われています。

花言葉は、「栄光」「不死」「不滅」。
1年を通じて緑の葉をつける常用植物であることが由来です。


ご依頼のT様から受けたのは、「生」エネルギー。  「生きる」エネルギーです。

ただ、これは、生か死かの、物質的な「生」だけではありません。

単に、「生きている」のではなく、

ひとつひとつの選択、行動が、世間の正解に合わせた答えではなく、
自分の心が、納得感・充足感を全うした答えで生きようとする、という、
「本当に今この瞬間、あなたは生きているのか?」を問われるような
「生」エネルギーの両方を示しています。

だからこそ、T様は
人生における苦難やネガティブなことを疎かにしません。
その最中でも、ひとつひとつを味わい、噛みしめ、自らの血肉にしていく。

そこを通らずして、「真の幸福」など感じられないのだから・・・
T様のその美しい生きるお背中から、そんなことを感じざるを得ないほどです。

私達人間はいつか、この生に終わりを告げます。

しかし、私は、思うのです。
肉体がなくなったとて、T様の生き様やこれからも残し続けるであろう愛の数々は、
"栄光不滅に"後世の人の心に届き続けるのだろうと。。。

沈丁花の香りのように・・・。
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