ヒーリングアート ~エッセイ~ 「おかえり、わたし」

駅が近づくにつれ、故郷・山梨の景色が萌子の瞳に迫ってくる。

東京では見られないリアルな山々が、鮮明に映る。

ナイフのような岩稜、あらわになった山肌、民家の向こうに連なる稜線、

肩を並べるように、

どの山も腰をずっしり降ろし、天に向かって高くそびえている。

 

 

「それ、似合わねーぞ、やめろし」

車で迎えに来た幼馴染の健夫が、萌子を見て、開口一番に放った。

 

 

「何よ、失礼ね。これは最先端のメイクとファッションなの。東京じゃ、当たり前よ」

萌子はムッとして、窓の外に目をやる。

 

 

ウソが大嫌いである健夫の性格をよく知っているからこそ、

聞き流すことは出来ない言葉で、

 

そして、それはどこか的を射ているようにも感じた。

 

 

無理矢理締めたハイウエストのスカートが気まずそうに萌子を纏っていて、

外国人風なカラコン、二重の付けまつげは、

見た目の華やかさとは裏腹にどこか悲しげに見えた。

 

 

「時山萌子」をどこかに置き忘れてきたかのように。。。

 

 

東京に出てからというもの、事あるごとに避けていた帰省。

 

それを今回決めたのは、高校時代の恩師・加藤先生が退職することになり、

同窓会を兼ねて皆で見送ろうということになったのだ。

 

加藤先生は他の先生とはひと味違っていて、

テストの点数から判断することはなく、

どういう問題が得意で、どういう時に一番輝いているかを教えてくれる先生だった。

多くの生徒が慕っていて、萌子もその一人だった。

 

 

 

「時山は、現代文の読み取りが本当に上手だな。人の心情を細かくキャッチできるところ、

先生は尊敬するよ。将来は出版社もいいじゃないか」

 

 

この言葉がきっかけで、

出版の仕事を夢見て本気で東京行きを両親に告げたくらいだ。

 

 

 

萌子は昔から山梨が好きになれなかった。

山梨の特産品の硬い桃はもっとだ。。。

 

 

萌子の住む地域は、田舎特有の、近所も親戚も皆家族といった風潮があり、萌子を苦しく縛りつけた。

学芸会では同い年の従妹が主役なのに対し萌子は農民の役であったことや、

体育祭のリレーで最下位まで抜かされたこと、失恋したことも、みんなに知られた。

 

それに加え、一度貼られたそれらの

レッテルは、剥がされることなく、法事や集まりの場で、

必ずといっていいほどに話題にされるのだ。

 

 

「もういや、私はここでおさまりたくない。もっと変わるの!」

 

萌子はひとり部屋の中、届かない声を叫び続けたものだった。

 

萌子にとって「硬い桃」は、変われない自分を表しているようで、好きになれなかったのだ。

 

 

――― そんなの桃じゃない、桃といったら、おしゃれなカフェで出てくるタルトのように、

宝石のように並べられて、柔らかくて甘くてジューシーで、みんなが好きな、ああいう桃がいい。

そして、わたしもそんな存在になりたい ――――

 

 

変わりたかった、変えたかった。

 

イケてない過去も、パッとしない容姿も、冴えないオーラも、何もかも。。

 

 

 

同窓会当日。

加藤先生を見送ることを名目に、

密かに誰しもが「人生のお披露目会」として参加しているのは、

ありありと分かった。

20代の若者が社会に出てからの初の集まりだ、力が入るのも無理はない。

 

 

会場には、自慢の彼氏彼女を連れて来る者もいれば、

いかにも高そうなスーツを身に纏った男たちや、背中のぐっとあいたドレスを堂々と着こなす女もいる。

 

萌子も東京の洗練さを醸し出そうと、

先週、南青山のブティックで新調したばかりのタイトワンピースをチョイスした。

目元のアイメイクも流行りのブラウン系を選び、

綺麗な肌に見えるよう、コンシーラーとハイライトは念入りに施した。

 

 

 

「えーー、萌子! 久しぶりやけんねえ。

随分ときれいになってわからんかったよ」

 

 

当時のクラスメイトである加奈子と清美が、

萌子を見かけるなり、高揚気味に駆け寄ってきた。

 

二人からのその言葉は萌子をたいそう喜ばせた。

 

 

加奈子と清美は、就職後も山梨で過ごし、地元農家の家に嫁いでいる。

農家の多い山梨では、実に王道な女の道だ。

そこから脱したかった萌子にとって二人からの言葉は、

いわば他者から認められた「変われた証拠」でもあったのだ。

 

 

「そう?何も変わってないわよ」

 

 

この言葉の裏で、萌子は優越感にも似た気持ちに満ちたりていた。

今の自分は、同性でさえも憧れる、甘く、ジューシーな柔らかい桃のような存在なのだと。。。

 

 

「おお、健夫!可愛い子、連れてきちょるけんね。いつの間にそんなことになってたんだよ!」

「ちげーよ、こいつが勝手についてきただけ」

 

 

後ろのほうで、聞き捨てならぬ会話が聞こえてきて、思わず振り向いた。

 

 

あの健夫の横には、艶のある黒髪のロングヘアに、いかにも姑達から好かれそうなワンピースを着て、

清楚を売りにした女が、照れながら立っていた。

 

 

普通の子だった。

 

 

―― なによ、ただの普通の子じゃない。。――

 

 

萌子は心に感じたことのない違和感を覚えた。

 

 

――― 健夫にはあんな普通の子は似合わないわ!

こんなの、、いや!!  ―――

 

 

萌子はいてもたってもいられず、会場を飛び出し、

中庭の隅にポツンと佇むベンチに、ひとり力なく腰をおろした。

 

 

「やぁ時山、久しぶりだなぁ」

 

懐かしい声に顔を上げると、そこにはニコリとした加藤先生が、

当時より増えた目尻のシワをくしゃくしゃにして立っていた。

 

 

「時山は人の心情を読み取るのは上手なのに、自分の気持ちの読み取りは苦手のようだな。

その涙の理由、鏡の中の自分に聞いてごらん。鏡を見ない限り、自分は見えないものだよ。」

 

 

そう言って、小さな鏡を萌子に差し出して、こう続けた。

 

 

「ここに咲いている水仙の花言葉は“自己愛”なんだ。

ほら、花が少しだけうつむいているように見えるだろ?

これは、水面に映る自分に恋している花だと言われているんだ。」

 

 

「先生、、、わたし。。」

 

 

萌子は気づいた。

 

――― 顔のメイク以上に「心のメイク」をしていた自分に。。

変わりたかった本当の理由は、

健夫の隣にいても恥ずかしくない女になりたかったから。。

偽った私でなく本当の私で。 ―――

 

 

 

誰かが来る。

 

 

「先生はお邪魔虫のようだからここで失礼するとしようかな」

そう言って嬉しそうに会場に戻っていった。

 

「健夫、、」

 

 

「おう、、、二度と言わねえからよく聞けよ。

イケてなくても冴えなくてもいいから、

俺は、、作った萌子じゃなくて、

“時山萌子”ってヤツに会いたいだけなんだよ。」

 

 

ウソが大嫌いな健夫からの言葉だった。

 

 

「ほら、食えよ」

あんなに嫌いだった山梨の桃。

一口嚙むごとに、涙が落ちる。

 

 

「おいしい、、。」

 

 

シャキッという音とともに、甘さが細かくなってゆく。

 

 

 

「おかえり、萌子」

「ただいま」

 

 

健夫と並んで見上げた遠くの空に大きく輝く虹がかかっていた。

 

――――― thank you ―――――

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