ヒーリングアート ~エッセイ~ 「あこがれ」

「ひまわりが好き、、、。」

 

普段は、滅多に好き嫌いを言わない彼女の口から、

ほろりとこぼれ落ちた言葉だった。

 

午後の日差しが溢れる庭のウッドデッキは、

キュッと結ばれている心のリボンをほどいてしまうような、

不思議な力があるのかもしれない。。。

 

彼女の脇で眺めていた私は、ふとそんなことを思った。

 

 

そう言った彼女の目は、

一番欲しいものがそこにあるかのように、

どこかはるか遠くを見つめていて、

頬杖をついた耳元にそっと寄り添うピアスがやけにきれいに見えた。

 

 

ひまわりの花言葉のひとつに、

「あなただけ見つめてる」というものがある。

 

 

ギリシャ神話では、

太陽神アポロンに恋をした水の精クリュティエが、

叶わぬ恋と知りながらも、

アポロンが黄金の馬車で空の道を

駆けていく様子を、

来る日も来る日も地上から見上げていたという。

 

 

切なる想いをただひたすら抱き、

その場をずっと動くことのなかったクリュティエの足は、

地面に根をつけて、

ひまわりへと姿を変えてしまったのだとか・・・。

 

 

 

ひまわりが太陽のほうを向くのは、

これが由来だとされています。

 

 

 

『姿を見られるだけでいい・・』

 

 

少し歯がゆい気がしてしまうけれど、

 

クリュティエにとっては、

好きな人の姿を

目に焼き付けることができるひとときは、

時が経つのを忘れるほど、

幸せだったのかもしれない

 

 

あこがれ。。。。とは、

 

 

なりたいけれど、なれない。

手にしたいけれど、できない。

 

手に入らないものほど、

冷静な理解から遠ざかり、

はるかなスピードで美化される。

 

あこがれが強いばかりに、

時に、自分の持つ魅力や、「今ここ」の恵みに、

気づかずに、通り過ぎてしまうという、

 

まるで、一度嗅いだら虜になってしまう、

 

少し危険な「魅惑の香水」のような側面を持つのではないだろうか。

 

 

「童」の「心」と書く、「憧れ」という字。

 

生きていく中で身につけてしまった、

「体裁」「プライド」というものを、

まだ知らなかった純粋無垢な子供の心のように、

 

「好きなものは好き!」と言える、

透明感のある、あの感覚だ。

 

 

「ひまわり」という花は、

その言葉を偽りなく表現することの美しさを

私たちに教えてくれているのかもしれない。

 

歳を重ねると、「憧れ」とセットで、

「諦め」というブレーキをつい踏みたくなってしまうものだから。。

 

だから、ひまわりの持つ美しさに、

人はつい魅了されるのだろうし、

彼女もそのひとりだったのだろう。

 

 

クリュティエの恋は、結果、叶わなかった。

 

それは失敗だったのか、、。

 

 

私はそうは思わない。

 

叶わなくても大切な人をただひたすらに想う、

クリュティエのそのストーリーに心が動くし、

見つめている時のクリュティエは、

きっとキレイで「いい顔」だっただろうから。

 

 

何かが叶うことより、

叶えようとするその姿に価値があり、魅力がある。

 

そして、そんな人は輝いている。

 

 

誰かにあこがれを持つあなたを、

また他の誰かが憧れているし、

見つめていると・・・。

 

 

もしかしたら、

アポロンを見つめるクリュティエを、

 

また別の誰かが、

切なく見つめていたのかも、、、ってね。

 

 

「ひまわりが好き!」

 

 

遠慮がちについている彼女のピアスは、

 

「あこがれ」という言葉が本来持つ、

透き通る美しさに、

彼女の心が素直に喜んでいるようで、

 

 

秋の日差しを流れる穏やかな風にのって、

いつまでも可愛げに揺れていた。

 

 

 

ーーーーー Thank You ーーーーー

 

 

 

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